鈍感な隠キャ主人公が、超絶美少女で家が隣な幼馴染から溺愛されるイチャイチャラブコメ
出版された本
序章:俺の平和な日常は、隣の美少女によって既に崩壊している
教室の隅のモブ、そして学園のアイドル
俺、黒崎悠真は、高校二年生の教室において、徹底して背景と同化するタイプの人間だ。席は窓際最後列の隅。休み時間になればヘッドホンを装着し、本を開くか、スマホを眺めるか。クラスメイトの賑やかな会話や、陽キャたちの笑い声は、遠い異世界の音のように聞こえる。俺の存在意義は、出席簿の記載と、時々教師に指されてしどろもどろな返事をすることだけ。いわゆる「モブA」だ。この地味で平和な日常こそが、俺が望む全てだった。
しかし、その平和は、教室の構造上、そして物理的な距離によって、常に危機に晒されている。
視界の端。俺とは対極の位置、教卓のすぐそば。そこに座っているのは、この学校の、いや、多分この街の頂点に立つ存在――姫宮結月だ。透き通るような白い肌、太陽の光を反射して輝く亜麻色の髪、誰もが息を呑む完璧な顔立ち。彼女が教室に入るだけで空気が変わる。その笑顔一つで男子は熱狂し、女子も憧れの眼差しを向ける。学園のアイドル、いや、女王様だ。
そんな姫宮が、なぜか俺のいる隅っこを時折じっと見つめている気がするのだが、気のせいだろう。俺と姫宮では住む世界が違う。俺はモブ、彼女は主演。接点など、あるはずがない。いや、一つだけあった。家が隣という、最悪にして最高の接点だ。だが、それは学園生活とは無関係な「過去の遺物」だと思い込んでいる。今日も俺はヘッドホンのボリュームを上げた。モブはモブらしく、静かに息を潜めていればいいのだから。
毎朝6時、ベランダ越しの襲来者
俺にとって、朝は貴重な「モブ活動」の準備時間だ。六時きっかりに目覚め、静かにストレッチをし、誰にも邪魔されずヘッドホンで音楽を聴きながら軽い読書をする。この時間が、一日を乗り切るためのエネルギー源となる。
しかし、その静寂は突然、物理的な暴力によって破られる。
ガタン!
「おーはーよ、悠真!」
俺の自室の窓の向こう、ベランダ越しに設置された隔て板が、ものすごい勢いで蹴破られたような音を立てて開く。いや、蹴破られたのは物理的な板ではなく、俺の心の壁かもしれない。
視界に飛び込んできたのは、既に完璧に着替えを済ませた学園のアイドル――姫宮結月だ。朝日に照らされた亜麻色の髪がキラキラと輝き、制服の着こなしも非の打ち所がない。家と家のベランダは、両家の了承のもと、緊急時用に隔て板が動くようになっている。その「緊急時」が、結月にとっては「毎日」なのだ。
「ちょっ、姫宮! ベランダから来るなって何度も言ってるだろ! せめてチャイム鳴らせよ!」
俺は慌ててカーテンを閉めようとするが、結月は既に俺の部屋の窓枠に片足をかけている。
「えー? 悠真の部屋の窓から入るのが一番早いじゃん。それに、姫宮なんて他人行儀な呼び方しないでってば。ゆ、づ、き。さあ、いつものおまじない!」
結月は顔を近づけ、キラキラした瞳で俺を見つめる。距離が近すぎる。朝っぱらから、この破壊力。俺は顔が熱くなるのを感じた。俺の平和な日常は、毎朝六時に、この超絶美少女によって強制的に破壊されるのだ。登校前のこの時点で、俺のHPはゼロに近かった。
「起きて、朝ごはん冷めちゃうよ?」という甘い囁き
俺の抵抗も虚しく、結月は軽々と窓を乗り越え、俺の部屋に上陸を果たした。そして当然のように、俺が愛用していたノイズキャンセリングヘッドホンを、容赦なく外す。「はい、没収。朝からそんな引きこもりグッズ使わないの」。俺の平穏を保つ唯一の盾が、簡単に奪われた。「返せよ! それがないと俺のモブとしてのアイデンティティが保てない!」俺は必死に手を伸ばすが、結月はそれを軽くいなした。頬に軽く触れてきた彼女の指先はひんやりとしていて、その美貌と相まって、まるで精巧な彫刻のようだ。毎朝、こんな至近距離で触れ合っているのに、俺の心臓は一向に慣れてくれない。
「もう六時十分だよ。ほら、ぼやっとしてないで顔洗ってきなさい。パジャマ姿の悠真も可愛いけど、学校に遅れちゃうでしょ」
「可愛いとか言うな! そもそも、なんでお前が俺の朝の準備を仕切ってるんだよ」
「決まってるでしょ? 私が悠真のお世話係なんだから。それに、今日はお母さんたちが旅行中でいないから、結月特製モーニングよ。さ、早くしないと……」
結月は俺の胸元を優しく押して立ち上がらせ、耳元に顔を寄せる。吐息が熱い。周囲の空気を全て支配するような、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「起きて、朝ごはん冷めちゃうよ?」
その囁きは、まるで恋人を起こすかのような、プライベートすぎる響きだった。俺は抵抗する気力もなく、結月の圧倒的な優しさと支配欲の前に、完敗を認めた。俺の日常は、朝の玄関扉を開ける前に、既に完全に崩壊している。
第1章:学校では他人のフリ、家では新婚ごっこ
登校中は半径2メートルの絶対不可侵領域
結月特製オムレツを食べさせられ、半ば強引に制服の乱れまで直された後、俺たちはそれぞれの家の玄関を出た。
「ふう。さあ、行くぞ。結月」
「うん!」
結月が嬉しそうに俺の腕に手を伸ばそうとした、その寸前。俺は光速で二歩、距離を取った。
「半径二メートル以内、絶対不可侵領域。これ、登校中のルールだろ」
俺がそう宣言すると、結月はぷうと頬を膨らませる。家の中では俺の全てを掌握しようとしてくる彼女だが、このルールだけは渋々守ってくれている。なぜなら、これは俺の「学園モブ生活」を守るための絶対条件だからだ。
「ちぇー。誰も見てないじゃん。ちょっと手を繋ぐくらい、いいのに。朝ごはん、あんなにラブラブだったのにさ」
「ダメだ。この角を曲がれば通学路のメインストリートだ。学園のアイドルとモブが並んで歩いていたら、どんな騒ぎになるか想像しろ。俺は目立ちたくないんだ」
結月は学園のトップカーストだ。俺がその隣にいたら、嫉妬と好奇の視線でたちまち標的になる。俺の望みは平穏なモブライフ。そのために、結月の眩しすぎる輝きから身を隠さなければならない。
俺たちは二メートル以上の距離を保ち、まるで互いを知らない同級生のように、一列になって歩き始めた。結月が時折、寂しそうな表情で俺の背中を見つめているのが、側頭部のレーダーで感知できる。だが、今は耐えるしかない。学校で再会するまで、俺はただの背景の一部なのだ。
授業中の視線攻撃と、机の下の秘密のメール
数学教師の抑揚のない声が子守唄のように響く中、俺はひたすら存在感を消すことに集中していた。机には教科書とノート、そしてヘッドホンを外されたままのスマホが伏せて置いてある。理想的なモブの姿だ。
だが、視線は隠せない。遠く離れた教室の前方から、熱線のような視線が、正確に俺の側頭部を射抜いてくる。姫宮結月だ。俺は絶対にそちらを見ない。もし目を合わせた瞬間に結月が微笑みでもしたら、俺のモブ生活は即座に終了する。必死に黒板の数式を見つめていると、ポケットに入れていたスマホが微かに振動した。机の下にそっと手を入れ、画面を確認する。送信者はもちろん、結月。
『ねえ、ゆーま。さっき私と目が合ったよね? ね?(キラキラ)』
『お昼休み、屋上に行こう。二人きりで。サンドイッチ作ってきたんだから、絶対だよ!』
『私ばっかり見てるんだから、そろそろこっち向いてよ。授業なんてどうでもいいでしょ?(拗ねたスタンプ)』
学園のアイドルが授業中に送るメールとしては、あまりに甘く、独占欲が強い内容だ。教室では冷たい美少女を演じているくせに、これだ。俺はため息を堪えつつ、誰にも見られないように指一本で返信を打った。
『目、合ってない。屋上には行かない。パンでいい。モブを破壊するな』
結月から、すぐに『愛してるよ、悠真(ハート)』という返信が届いた。俺はスマホを握りしめ、この秘密の関係の重さに、再び頭を抱えたくなった。これが、学校での俺たちの「新婚ごっこ」だった。
「今日の晩ごはん、ハンバーグでいい?」という業務連絡
五限の終了チャイムが鳴り、教室が一気に喧騒に包まれる。俺はさっさと荷物をまとめ、誰よりも早く昇降口に向かうのが常だ。そうすれば、結月が周囲の目がある中で俺に接触する機会はなくなる。俺は足早に校舎を出たが、人通りの少ない路地に入ったところで、ポケットのスマホが震えた。送信者はもちろん、姫宮結月だ。
『今日、私は生徒会のミーティングで少し遅くなるかも。先に帰って、冷蔵庫から飲み物出して待っててね』
まるで共働きの夫婦のような、具体的な帰宅予定の連絡。俺はため息をついた。そして、次のメールが追い打ちをかけるように届く。たった数十秒前の送信だ。
『あと、晩ごはんのことだけど。昨日のうちに合いびき肉準備しちゃったから、今日の晩ごはん、ハンバーグでいい? ソースは和風とデミグラス、どっちがいい?』
「ハンバーグでいい?」じゃない。「作ってやる」という献身と、「お前の好みを聞く」という溺愛が詰まった、他人に絶対知られてはいけない業務連絡だ。学校では赤の他人のフリをしている相手が、家では献立を相談し合う間柄。この異常な親密さが、俺のモブとしての人生を確実に蝕んでいた。俺は『デミグラスで』と短く返信し、帰路を急いだ。早く帰って、この秘密の生活に戻らなければ。俺の家が、結月にとっての「帰る場所」である限り、この日常は続くのだ。
帰宅した瞬間、制服からジャージへ、そしてゼロ距離へ
俺は玄関の扉を閉めた瞬間、全身から力を抜いた。これが、俺だけの空間、あるいは結月と二人だけの領域だ。学校での二メートル規制や、結月の熱線のような視線攻撃から解放された安堵感が、疲労となって一気に押し寄せてくる。
リビングを通り抜け自室へ直行し、制服を乱暴に脱ぎ捨てる。アイロンがかかった清潔な学ランから、着替えるのは、いつも家で着ているヨレヨレの灰色のジャージ上下。これこそが、俺の真の戦闘服であり、結月以外の誰にも見せられない姿だ。結月がこのジャージを「一番悠真がリラックスしている証拠だから可愛い」と評する意味は、俺には理解できない。
着替え終わると、俺はソファに深々と沈み込む。まだ結月は帰ってきていない。キッチンには、結月が朝のうちに準備しておいたハンバーグの合いびき肉がボウルにスタンバイされている。彼女がいない静かな時間は、本来望むべき平穏のはずなのに、どこか物足りない。俺の生活は、すでに結月の過剰な「お世話」に完全に依存してしまっているのだ。
あと数十分後。生徒会のミーティングを終えた超絶美少女は、制服姿のまま俺の部屋に乗り込んできて、甘い声で「ただいま、悠真」と囁き、俺のジャージに顔を埋めるだろう。俺と結月の物理的な距離は、この家においては、常にゼロなのだ。
第2章:週末、それはお家デートという名の甘やかし地獄
インドア派の俺が外出を拒否する理由
俺にとって週末とは、ジャージ姿で外界との接触を完全に遮断し、読書とゲームに没頭するための神聖な二日間だ。金曜日の夜、結月はハンバーグを作り終えた後、俺の横でしきりに「明日はどこへ行こうか」と問いかけてきた。その問いかけは、俺の平静を揺るがす最大の脅威だ。
「映画とかどう? 新作のラブコメが評判いいらしいよ。それか、ちょっと遠出して水族館とか」
「行かない」俺は即答した。「外出はしない。特に結月と二人では」
結月はソファに座る俺の肩に顎を乗せ、不満げに鼻を鳴らす。
「どうして? みんな私とデートしたいのに、悠真だけ拒否するなんて、罰が当たるよ?」
「罰が当たるのは俺の平穏なモブ生活だ。考えてみろ。この街で、学園のアイドルであるお前と、俺みたいな地味な人間が堂々と並んで歩いていたら、どうなる? 瞬時に噂は広まり、俺の存在は白日の下に晒される。そして、嫉妬した連中から逆恨みされるんだ。俺は安全圏から出たくない。俺の理想は、誰にも認識されない空気のような存在だ」
結月は俺の言い分をわかっている。だからこそ、彼女は家の中での時間を最大限に活用するのだ。俺の拒否は、結果的に彼女にとって最高の甘やかし環境を提供することになるのだった。週末の俺の家は、結月にとっての甘やかし地獄の幕開けである。
ソファの占有率は彼女が9割(俺の上に乗っているため)
土曜日の午後二時。俺はリビングのソファに深く沈み込み、分厚いファンタジー小説を開いていた。外界の喧騒とは無縁の、最高のモブ空間だ。しかし、この瞬間も、俺のパーソナルスペースは結月によって完全に蹂躙されていた。
「ねー、悠真」
結月は俺の隣、というより、俺の上に乗っていた。正確には、彼女は俺の太ももを枕にし、上半身を俺の胸に凭せかけ、まるで大きな猫のように丸まっている。身長もスタイルも抜群の美少女が、俺のヨレヨレのジャージの上で堂々とくつろいでいるという異常事態だ。
「結月、重い。どけよ。本が読めない」
「やだ。悠真の匂い、落ち着くんだもん。それに、こうやってくっついてないと、悠真が私から逃げちゃう気がして」
結月は俺の服の裾をぎゅっと握りしめる。物理的にソファの面積を占めているのは俺だが、実質的な占有率は、俺の体の上に乗っている結月が9割に達していた。彼女の体温がジャージ越しに伝わってくる。これはもう密着を通り越して融合だ。
「俺は逃げないって。モブは基本的に移動しない生き物なんだ」
「ふふ。でも、悠真ってば、ちょっとでも隙を見せるとヘッドホン装着して、私の声が聞こえないようにするでしょ? だから、こうして物理的に密着して、逃げ道を塞いでおくの」
結月の甘い息遣いが、俺の首筋にかかる。至近距離の美少女の破壊力に、俺は文字を読む集中力を完全に奪われた。抵抗する気力もなく、俺は結月にとっての「巨大クッション」となることを受け入れるしかなかった。
伝説の奥義・膝枕からの耳かきフルコース
俺はついに読書を諦め、分厚い本をサイドテーブルに置いた。結月は満足そうに微笑み、すぐに次のステップへ移行する。「はい、次はこれ」。結月は俺の頭を掴むと、そのまま優しく持ち上げ、自分の膝の上に乗せた。俺は突然の膝枕に動揺したが、結月が太ももをそっと締め付けてくるので、身動きが取れない。
「ちょっ、結月! さすがにこれは……」
「静かに。さあ、力を抜いて」
結月は俺の頭を撫でながら、小さな収納ケースからプロ仕様のような耳かきセットを取り出した。その手つきは驚くほど慣れており、彼女が俺のお世話をすることにかけては、本当にプロフェッショナルなのだと思い知らされる。
「今日は、耳かきフルコースね。これで悠真の心も体も、すっきり私色に染めちゃうんだから」
柔らかい膝の感触と、耳穴にそっと差し込まれる羽毛のような耳かきの優しさに、俺は抗うことをやめた。意識が遠のき、完全にリラックス状態に陥る。結月は満足げに、俺の髪を指で梳かしながら、小さな声で囁いた。「悠真は本当に私から離れられない体になっちゃったね。かわいい」。
俺は、目の前にいるのが学園のアイドルであり、周囲から高嶺の花と崇められる超絶美少女だという事実を、この瞬間完全に忘れていた。これは、単なる親しい幼馴染の、過剰なお世話に過ぎない。俺はそう自己暗示をかけたまま、膝枕の上でまどろんでいった。
ゲームに勝ったら「あーん」のご褒美、負けてもご褒美
膝枕からのフルコース耳かきで完全に魂を抜かれた俺は、ようやく解放されると、結月を説得して対戦型格闘ゲームを始めることにした。俺が唯一、結月に対して優位に立てる、数少ない領域。これならモブでも勝てるはずだ。
「よし、勝負だ、結月! 負けないぞ」
「ふふ、いいよ。でも、勝負には景品が必要だよね?」
結月はそう言って、冷蔵庫から昨日買っておいた高級なフルーツタルトを取り出し、テーブルに置いた。
「ルールは簡単。悠真が勝ったら、私がタルトを一口『あーん』してあげる。私が勝ったら……もちろん、私が悠真にタルトを一口『あーん』してあげる」
俺はコントローラーを握ったまま、思考が停止した。「ちょっと待て。景品が同じじゃないか?」
「同じじゃないよ。悠真への愛情度が増すんだから! さあ、行くよ!」
結局、俺が必死に頑張って辛勝した。結月は嬉しそうにタルトを切り分け、俺の口元へフォークを運ぶ。「はい、悠真、頑張ったね! あーん」。その距離、ゼロ。俺は顔が熱くなるのを感じた。
再戦後、次は結月が勝利した。「やった! 私が勝ったから、愛を込めてあーん!」。
勝っても負けても、俺は結月の甘い手によって高級タルトを食べさせられ、至近距離でその美貌を拝むことになる。俺の抵抗は、結月の『甘やかし』という名の無限ループの前には、全くの無力だった。
気づけば一日中、彼女の体温を感じていた
日が傾き、リビングに差し込む光の色がオレンジから深い藍色へと変わり始めた。週末のお家デートは、夕暮れとともに終焉を迎える。結月は、俺の背中にぴたりとくっついて、読書の続きを眺めていた。彼女は本当に、朝のベランダからの侵入から始まり、一度も俺のパーソナルスペースから退出していない。
午前中は膝枕からの耳かき。午後はソファでの密着読書と、ゲーム中の背後からの抱きつき。俺が一日中感じていたのは、制服姿の時の高嶺の花・姫宮結月ではなく、ジャージ姿の俺を独占しようとする幼馴染・結月の柔らかな体温だった。体温は服の上からでもはっきりと伝わり、まるで俺と結月の間に、熱を持った膜ができているかのようだった。
「ふう……幸せ」結月が満足げなため息をつき、俺の耳元で囁く。「悠真の側だと、どうしてこんなに安心するんだろうね。充電完了」
俺は「うるさい」とだけ返したが、心の奥底では、この過剰な密着に慣れ、むしろ彼女の体温が途切れることに一抹の寂しさを感じ始めていることを自覚していた。このまま時間が止まればいいのに。しかし、数時間後には、俺たちはまた学校で、半径二メートルの壁を築く「他人」に戻らなければならない。その落差が、週末をさらに甘く、そして切なくさせるのだ。
第3章:風邪と看病と、溢れ出る独占欲
雨の日の下校と、突然の発熱
放課後、空は鉛色に沈み、大粒の雨がアスファルトを激しく叩いていた。下校する生徒たちは、傘を広げながら一斉に校門を目指す。俺も折り畳み傘をさしていたが、結月とは登校時と同じく、周囲の目がある限り二メートル以上の距離を保っていた。
「悠真、そんなに離れないでよ! 傘が小さいんだから、こっちに寄りなさい」
結月が切羽詰まった声で後ろから呼びかける。彼女は今日、生徒会活動で荷物が多く、大きな傘をさしているが、俺は断固として拒否した。「馬鹿言うな。学園のアイドルとモブが相合傘なんて、スキャンダル以外の何物でもない。俺は目立ちたくないんだ」。自己防衛本能が、俺の体を結月から遠ざけた。
結局、俺は水たまりを避けきれず、靴はびしょ濡れになった。じんわりと体が冷えていくのを感じたが、そのまま頑として距離を保ち、家へと急いだ。
家に帰り着き、濡れた制服を脱ぎ捨ててジャージに着替えた瞬間、急激な悪寒と頭痛が襲いかかった。熱がある。全身がだるい。体温計で測ると、ディスプレイには38.7℃という恐ろしい数字が表示されていた。最悪だ。週末を挟まずに体調を崩すなんて、モブとして失格だ。
その時、ガチャリ、と音を立ててベランダの隔て板が開いた。当然、結月だ。俺がソファにぐったりと倒れ込んでいるのを見た瞬間、彼女の瞳から、普段の余裕綽々とした光が消えた。「悠真! 熱い……どうしたの!?」
甲斐甲斐しすぎる看病と、お粥の温度確認
結月は俺の額に手を当て、即座に顔を青くした。その瞬間から、彼女は学園のアイドルではなく、熱にうなされる俺の専属看護師へと変貌した。「馬鹿! 悠真の馬鹿! 誰が雨の中、私から離れて歩けって言ったのよ!」怒っているのに、その手つきは驚くほど優しい。「ごめん、でも、学校では――」言い訳しようとしたが、結月は俺の口を人差し指で塞いだ。「もういい。今は私の言うことだけ聞いて。悠真が倒れると、私がどれだけ心配するか、分かってるの?」
結月はテキパキと動き、常備薬の解熱剤を見つけ出し、冷えピタを貼り、毛布を追加で持ってきて俺をくるんだ。そして数分後、台所から湯気が立ち上り始めた。結月特製のお粥だ。「さあ、悠真。口を開けて」
俺は弱々しく目を開ける。結月は熱いお粥をスプーンに乗せると、なぜかそれを自分の唇に軽く触れさせた。「あちっ……じゃなくて、うん、ちょうどいい温度。これで食べられるね」
「ちょ、なんでお前が味見じゃなくて、その、唇で温度確認してるんだよ!?」
「だって、悠真に熱すぎたら大変でしょ? 一番美味しい温度を、一番最初に私がチェックするの。さあ、私だけの悠真のために、あーん」
俺は抵抗する気力もなく、結月の優しすぎる独占欲に包まれたお粥を、頬を赤くしながら受け入れるしかなかった。この看病は、ただの看病ではない。結月にとっての、最高の愛情表現であり、餌付けなのだ。
「他の女の子と話してたよね?」熱に浮かされた尋問
お粥を食べさせられ、解熱剤を飲んだ後、俺は再び布団に沈んでいた。熱で意識が朦朧としている。結月は、冷たいタオルで俺の額を優しく拭いていた。その動作はあまりにも優しく、まるで俺が割れ物であるかのように丁寧に扱われている。
「ねえ、悠真」結月が突然、まるで無関係なことを思い出したかのように囁いた。「一昨日、化学の授業が終わった後、ちょっとだけ、クラスの吉田さんと話してたよね?」
俺は驚き、ぼんやりとした頭で記憶を探る。「吉田さん……? ああ、プリントを回す時、一瞬だけ渡したような……」
「たった一瞬でもダメ。あの子、悠真に話しかけるとき、ちょっと笑顔だったもん。悠真の周りにいる女の子は、全員、私にとって敵なの」
結月の声は甘く優しいままなのに、その内容は恐ろしいほど独占的だった。熱に浮かされて、俺は幻聴を聞いているのかと思った。
「俺はモブだぞ。誰とも積極的に話してないって」
結月は俺の耳元にさらに顔を寄せ、小さな声で、それでいて有無を言わさぬ圧力を込めて言った。「ふふ、知ってる。だからこそ、私が見ていないところで、誰にも声をかけさせたくないの。悠真は私だけのものだから。ね?」
彼女の美貌と、病人の弱みに付け込むような独占欲が、俺の心臓を激しく揺さぶった。この至近距離での尋問は、高熱よりも強烈なダメージだった。
着替えを手伝おうとする手つきが大胆すぎる件
俺は熱が上がりきったのか、全身から大量の汗をかいていた。寝間着のジャージが肌に張り付いて不快だ。結月は俺の様子を見て、すぐに新しいTシャツとパジャマを用意した。「汗をかきっぱなしだと冷えちゃうよ。着替えよう、悠真」
「わ、分かってる! でも、一人でできるから、結月は向こう向いててくれ」
俺は力なくジャージのジッパーに手を伸ばしたが、手が震えて上手く掴めない。その隙に、結月は何の躊躇もなく俺の襟元に手をかけた。その手つきは、まるで日常的に夫の服を脱がせている妻のようだった。「何言ってるの。病人なんだから、私が全部やってあげる。ほら、腕を上げて」
彼女の指が、俺の首筋から鎖骨のラインを辿る。看病というにはあまりに親密で、俺の病的な心拍数がさらに跳ね上がった。高熱で朦朧としているはずなのに、結月の触れた部分の皮膚だけが熱を持って敏感になる。
「ちょ、見るなよ!」俺が必死に顔を覆うと、結月はクスッと笑った。「なんで? ちゃんと着替えさせてあげてるんだよ。……それに、昔と違って、今はちょっとドキドキするの、知ってる?」
彼女は無事にジャージを脱がせると、新しいTシャツを優しく俺の頭から被せてくれた。その間、俺はただ目を閉じて、この看病という名の、羞恥と甘やかしの嵐が早く過ぎ去ることを祈るしかなかった。
一晩中、離してくれなかった手
薬が効き始め、俺の意識は深い眠りに引き込まれていった。結月は「何かあったらすぐわかるように」と、俺のベッドの横に簡易的な布団を敷いていた。俺が目を閉じようとした時、温かいものが俺の右手を包み込んだ。結月だ。
「結月、もう寝ろよ」
「んー。手を離すと、悠真が私から遠いところへ行っちゃう気がするから。それに、夜中に熱が上がったら、すぐに気づけないと困るでしょ?」
結月の手は柔らかく、それでいて強い力で俺の手を握りしめていた。その体温が、熱で冷たくなった俺の手のひらにじんわりと伝わってくる。その温かさが、俺の孤独な心を満たしていくようだった。
夜中、何度か意識が浮上した。そのたびに、結月は身を乗り出し、俺の額に触れたり、寝苦しそうにしているとタオルを交換したりした。そして、どんな時も、俺の手は彼女の温かい手の中にあった。一度、結月がそっと俺の額に唇を押し当てた気もしたが、それは熱による幻覚かもしれないと、鈍感な俺は結論づけた。
翌朝、目が覚めたとき、結月は俺のベッドサイドで眠り込んでいた。俺の右手は、まだ彼女の小さな手の中にしっかりと握られていた。一晩中、離れることを許されなかったその手の温もりは、俺の病気を治す特効薬だったと同時に、彼女の揺るぎない独占欲の確固たる証明でもあった。この手が、俺のモブとしての人生を、決して許してくれないのだ。
第4章:鈍感な俺でも、流石にこれは勘違いする
雷の夜、部屋の明かりが消えたとき
熱が下がり、一日遅れで復帰した学校でのモブ活動を終えた夜。俺は自室で静かに本を読んでいた。結月は夕食を作り終えた後、自分の家に一度帰っていた。俺にとって、久々に訪れた本当の平和な時間だ。
しかし、外は激しい雨に見舞われ、稲光が窓を一瞬白く染めるたびに、凄まじい雷鳴が轟いた。俺はヘッドホンを装着し、音を遮断しようとした、その瞬間――
バチッという音と共に、部屋の明かりが全て消えた。停電だ。真っ暗な闇に包まれ、俺は咄嗟にスマホのライトを点けようとした。
その時、ガタガタという音と共に、ベランダ側の窓が勢いよく開き、人影が飛び込んできた。暗闇の中でも、透き通るような結月の声が響く。「悠真ぁ! 怖いよ!」
結月は俺の胸に突進するように抱きついてきた。制服姿ではない彼女の柔らかい体が、俺のジャージに強く押し付けられる。俺は思わず、その華奢な体を抱き止めた。「ちょっ、結月! 危ないだろ、なんで電気消えた瞬間に来るんだよ!」
「だって、一人だと怖くて……それに、悠真に何かあったら大変だし」
暗闇の中で、結月の体温と甘い香りが異様に濃く感じられる。彼女は俺の首筋に顔を埋め、震えるような息遣いを漏らしていた。これが、ただの幼馴染の行動だと、本当に言い切れるのだろうか?この圧倒的な密着感は、俺の鈍感な理性を揺さぶり始めた。さすがの俺でも、この状況は「勘違い」せざるを得ないのではないか、と。
「怖いから」という口実と、密着する柔らかさ
俺はスマホのライトで足元を照らしたが、結月は一向に俺から離れようとしない。むしろ、俺の腰に回した腕にさらに力を込めた。「悠真、お願い。このままでいて。本当に雷怖いんだもん」。彼女の吐息が耳元にかかり、全身の毛が逆立つ。
「結月、俺が怖いのは雷じゃなくて、お前だ。早く離れろ。その、密着しすぎだ」
暗闇は俺の鈍感を麻痺させた。視覚情報が遮断された分、結月の体の柔らかさ、甘い香り、そして鼓動の速さといった触覚と嗅覚の情報が異常なまでに増幅される。彼女の胸が俺のジャージ越しに触れている事実に、俺の理性は悲鳴を上げた。普段学校で見せる凛とした姿は微塵もない。ただ、俺だけに甘える一人の女の子がそこにいた。
「大丈夫だよ、悠真。こうやってくっついていれば、雷なんて怖くない。ね、悠真の鼓動、すごく速いよ。私と同じくらい」
結月は顔を上げ、俺の顎にそっと頬を擦り付けた。恐怖で震えているというには、その動作はあまりにも計算されていた。俺の勘違いメーターが振り切れる。これは看病でも、単なる甘えでもない。こんなことをされて、ただの幼馴染だと思う方がどうかしているだろう。
「な、なあ、結月……お前、これって」
「なに? 悠真、私のこと好き?」結月は暗闇の中で、悪戯っぽく微笑んでいる気がした。
耳元で囁かれた、聞き間違いじゃない「好き」
結月は暗闇の中で、悪戯っぽく微笑んでいる気がした。「なに? 悠真、私のこと好き?」という挑発に、俺は言葉を失った。心臓がうるさすぎて、雷鳴さえも遠く聞こえる。俺が何かを答えようとする前に、窓の外で閃光が走り、直後に地を揺るがすような轟音が部屋を包んだ。結月は反射的に、まるで溺れる者が藁をも掴むように、俺のジャージを強く握りしめた。彼女は俺の胸に顔を押し付けたまま、少しだけ頭を傾け、俺の耳元に唇を寄せる。吐息が熱い。「大好きだよ、悠真」その言葉は、雷鳴にかき消されそうになるほどの小さな囁きだったが、俺の耳には驚くほどクリアに届いた。熱に浮かされた時の幻聴でも、冗談でもない。確かな響きを持った、紛れもない「好き」という告白だった。「き、結月……お前、今、なんて……」俺が必死で確認しようとすると、結月は抱きついたまま、満足げに笑った。「聞こえなかった? もう一回言ってあげようか?」俺の鈍感な脳みそが、この状況を処理しきれない。学園のアイドル、姫宮結月が、俺みたいなモブに、本気で好意を寄せている? いや、これは幼馴染の甘やかしの延長線上の、深い親愛の情だ――俺はそう言い聞かせようとしたが、密着する彼女の柔らかさと、耳元に残る言葉の熱が、俺の理性を完全に焼き尽くしていた。
心臓の音がうるさすぎて、何も聞こえない
結月の言葉が、暗闇に響く。俺の耳元で。
「もう一回言ってあげようか?」
俺は全身の血液が一気に沸騰したような感覚に襲われ、咄嗟に結月の肩を掴んだ。「待て! 結月、冗談でもそういうこと言うのは――」
彼女は、俺の言葉を遮るように、俺の胸にさらに強くしがみついてきた。その瞬間、俺の耳に届く音は、雷鳴でも、外を叩く雨音でもなく、ただ一つになった。ドクン、ドクン、ドクン。
心臓の音がうるさすぎて、何も聞こえない。
これは、熱に浮かされた時の幻聴か? それとも、俺の心臓が発する警告音か? 結月の『好き』という言葉の真意を問いただすどころではない。俺の心臓は、まるで非常警報のように暴れ狂っている。結月は俺の胸に顔を埋めているのだから、この異常な鼓動も全て筒抜けだろう。
「ふふ、悠真、どうしたの? そんなに心臓をバクバクさせて……もしかして、私が怖いの?」
違う、怖いんじゃない。これは、期待と動揺、そして、美少女からのあまりに濃すぎる好意に晒された、モブの身体が発するパニックだ。俺は呼吸すらままならない状態で、ただ結月を抱きしめたまま、電気の回復を待ちわびるしかなかった。このままでは、俺の心臓が先に停止してしまう。
終章:これからも、幼馴染の距離感はバグり続ける
翌朝、何事もなかったかのように(でも顔は赤い)
目覚めると、部屋には太陽の光が溢れていた。そして、いつものように、隔て板を蹴破るような勢いで結月が俺の部屋に侵入してきた。時間は六時きっかり。
「おーはーよ、悠真!」
その声はいつも通り明るく、完璧な笑顔は学園のアイドルそのものだ。まるで昨晩の雷と停電、そしてあの耳元の「好き」は、俺が見た夢か、高熱の時の幻覚だったかのように。結月は一切、あの件に触れてこない。彼女にとって、俺の部屋への侵入とゼロ距離での密着は、あまりに日常的な行為なのだ。
俺は顔を洗ってリビングに戻ったが、結月の顔をまともに見ることができない。視線をタルトの皿や、彼女が準備している味噌汁の湯気へと逸らす。結月の言葉一つ一つに、昨夜の囁きがオーバーラップして、心臓が異常に高鳴る。
「はい、悠真。今日の朝ごはんも完璧だよ。……って、あれ? 悠真、顔が赤いよ? まだ熱が残ってるんじゃないの?」
結月は心配するふりをして、俺の額に手を当ててきた。いや、熱じゃない。これは、お前のせいだ。俺が動揺を隠そうと俯くと、結月は楽しそうに、そして少しだけ意地悪な声で言った。「ふふ、もしかして、昨日の夜、私に抱きつかれたのがまだ効いてる? 悠真って純粋なんだから」。
俺たちの関係は何も変わっていない。それでも、俺の心の中のモブ生活の土台は、昨夜の一言で決定的に崩壊したのだ。
エスカレートする朝のスキンシップ
朝食は味噌汁、焼き魚、そして結月特製の卵焼き。俺は黙々と食べていたが、結月は俺の箸が止まるたびに、まるで雛鳥に餌をやるように、自分の卵焼きを俺の口元に運んでくる。「ほら、悠真。口開けて。ちゃんと食べないと、また風邪ひいちゃうよ?」
昨夜のことが頭から離れず、俺は『自分で食べる』と主張したが、結月はにっこり笑って俺の口に無理やり卵焼きを押し込んだ。そしてそのまま、俺の頬に自分の頬をぴたりとくっつける。「んー、悠真の味。幸せ」と、猫のような声で甘える。
「おい! 今すぐ離れろ! 登校時間だぞ!」俺が慌てて立ち上がろうとすると、結月は俺の首に腕を回し、まるで抱きついたまま離さない。「ちょっとだけ。学校に行ったら、また二メートルも離れなきゃいけないんだから。ここで充電しておかないと、私、一日中元気が出ないもん」
結月のスキンシップは、昨日までのそれよりも明らかにエスカレートしていた。まるで、昨夜の告白をなかったことにする代わりに、家の中での愛情表現のレベルを一段階引き上げたかのようだ。このままでは、俺のモブ生活どころか、精神衛生が持たない。しかし、この甘すぎる抱擁から、俺は逃れる術を知らないのだ。俺の心臓は、今日も朝から全力疾走を強いられていた。
鈍感系主人公、少しだけ自覚の芽生え
登校のため、俺と結月はいつもの二メートル以上の距離を保って歩いていた。結月は周囲の視線を集める輝きを放ちながら、先を行く俺の背中に向けて、時々切なげな視線を送ってくる。その視線の熱を背中で感じながら、俺はポケットの中で、昨夜結月に握られていた右手を強く握りしめた。
昨日の夜の出来事は、もう『看病』や『幼馴染の甘え』という言葉で片付けられるレベルを遥かに超えている。あの暗闇の中で、はっきりと耳元で囁かれた「好き」。そして、今朝の異常なスキンシップ。俺の鈍感な頭でも、さすがに気づき始めていた。姫宮結月は、俺のことを、恋愛感情を持って「溺愛」しているのではないか、と。
俺はただのモブだ。教室の隅で息を潜める存在。一方、結月は学園の頂点に立つアイドル。住む世界が違いすぎる。だからこそ、俺は必死でその可能性を否定しようとする。しかし、朝の温かい味噌汁、膝枕での耳かき、雷の夜に感じた柔らかさ――それらは全て、俺の否定の理屈を、結月の愛情という名の力で押し流そうとしている。
俺の平和な日常は、とっくに崩壊している。そして、俺自身も、この超絶美少女の体温を求め始めているのかもしれない。鈍感な俺の中に、ようやく、ほんの小さな自覚の芽が顔を出した。この関係は、もう幼馴染の枠には収まらないのだ、と。しかし、俺はまだ、その現実から目を逸らし続けるだろう。それが、俺の最後の抵抗だった。
エンドレス・シュガー・ライフ
俺は教室の隅でヘッドホンを装着し、いつものように背景と同化しようと努める。窓際の席に座る結月は、遠い世界に住む高嶺の花だ。登校時に距離を保ったおかげで、今日も俺のモブ生活は守られた。――そう、表向きは。
しかし、机の下では結月からのメールが振動している。『悠真、寂しいよ。早く放課後にならないかな(子猫スタンプ)』。そして、授業中、結月が俺を見る視線は、もはや好奇心ではなく、獲物を見つめるような熱を帯びていることを、俺はもう知っている。鈍感な俺にも、彼女の愛情が限界突破していることは理解できてしまった。俺がいくら目を逸らしても、その事実は変わらない。
家に帰れば、あの異常な距離感が俺を待っている。着替え、食事、ゲーム、そして膝枕。全てにおいて、俺は結月の独占欲という名の甘い檻の中で生きることを強いられる。これは、決して終わらない。俺がいくら抵抗しても、結月は常に一歩踏み込んできて、俺のパーソナルスペースを破壊し尽くすだろう。
学園のアイドルからの無限の溺愛。これは俺が望んだ平和ではないけれど、もはや抗えない。今日も俺は、秘密のゼロ距離空間が待つ家に、結月と二人で帰るのだ。俺の「エンドレス・シュガー・ライフ」は、これからもずっと続いていく。